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喜多町 秀郷の山車

喜多町 秀郷の山車

文化財
県指定有形民俗文化財
(昭和43年3月29日指定)
所在地
川越市喜多町2-3 間坂家内倉庫
所有者
喜多町自治会
山車製作年
明治30年(1897)
人形製作年
不詳
(文政9年(1826)以前と伝えられている)
山車製作者
鶴雲斉亀作(小倉作兵衛父子)
人形製作者
鼠屋五兵衛(伝)

喜多町 秀郷の山車の刺繍

二重鉾、四つ車、囃子台は唐破風付き、廻り舞台の山車。明治30年、神田明神前の鶴雲斉亀作(小倉作兵衛)父子の作。
昭和15年に廻り舞台に改造。総彫りの黒塗りで、金箔が多く使われている。

人形は鼠屋五兵衛作と伝えられている。文政9年(1826)の氷川祭祭礼絵巻に現在の人形の姿の絵が描かれていることから、現在の川越の山車の人形の中で最も古いと考えられている。平将門を討ち取った藤原秀郷(俵藤太)がかたどられ、左手には重藤の弓を持ち、小手をかざした勇姿が現されている。喜多町は昔、穀物問屋が多く存在し、米俵の「俵」を藤原秀郷の異称である俵藤太の「俵」と結びつけたという説がある。

囃子は芝金杉流の藤間囃子保存会。


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秀郷の山車